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三重県

山藤

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伊勢志摩の魚屋!日本中のみんなが
魚好きになってもらえることを願っています。

代表取締役 山本久美さん

「ひげの店長」として多くの方に慕われていた二代目社長が亡くなったことによって、急遽、山藤の社長に就任した、奥様の山本久美さん。息子の藤心さんと二人で、ご主人が愛してやまない「伊勢志摩魚屋 山藤」を守る。
「主人がね、なんとか若い人にも魚を食べてほしいって考えて作ったのが、この串ひものなんです」と、山本さんが嬉しそうに語る。無添加にこだわった「串ひもの」は、伊勢志摩で朝水揚げされたばかりの新鮮な魚を、新鮮なまま干物に仕上げる。ひとつひとつ骨を取り、串を刺していく。その作業量は計り知れない。
子供たちが食べることを想定し、無添加の干物にこだわった。せっかく地元の新鮮な魚を使うのだからと、唯一の調味料である塩も全国を探し、伊豆大島の塩「海の精」にたどりついた。改良を加えながら、魚の三枚卸機械、高圧殺菌装置、金属探知機など導入して、現在の串ひものに至った。
高圧殺菌で衛生面でも気を使っている串ひものは、平成25年、「みえセレクション」「南伊勢町ブランド商品」などに認定された。販売先も大手量販店から百貨店、航空会社や鉄道会社へと拡大していった。
「手間ばかりかかって、全然儲かりません」とさばさばという山本社長だが、コロナの影響は大きかった。売上がゼロの月もあったという。それでも、ご主人が作り出した串ひものは、「今後も作り続けていきたい」と目を輝かせた。

生産者からのメッセージ

三重県 有限会社山藤(やまとう)
代表取締役 山本久美 さん

リアス海岸が多く、風光明媚な熊野灘。五ケ所湾の最奥にある南伊勢町の中心地から車で10数分走ると、太平洋・熊野灘が見えてくる。ちょうど五ケ所湾の入り口あたりにいるのだろうか。突然、水産加工団地のように多くの加工場がある。目指す山藤はその中にあった。
加工場の中からもくもくと煙が噴き出していた。親切そうな青年が、事務所の入り口を教えてくれる。その青年は、これからお会いする山藤・山本久美社長の息子さんだった。
事務所に入って名刺交換させていただいたときに、「あ、親子だ」とわかるほど、やさし気な目元がよく似ていた。
ここ田曽浦地区は、古くから一本釣マグロ・カツオ漁業が盛んにおこなわれてきた日本有数の漁業基地。遠洋漁業の里と呼ばれる田曽浦は、カツオの一本釣漁で年間漁獲高日本一を記録したとして知られ、大きなカツオのモニュメントが建てられている。
山藤は、先祖代々、この地で鰹節製造を行っていた。山本久美社長のご主人で先代社長でもある山本藤正氏の父、藤夫氏が、乗っていたカツオ漁船から降りて干物の加工を始めた。鰹節加工から干物へと移行し、干物が事業の中心となっていった。その背景には、奥鳥羽が観光地として人気になってきたことなどがあり、ホテルや旅館の朝食用として干物の納品などを行っていた。
そして父・藤夫氏から社長を引き継いだ藤正氏が平成3年、法人化して有限会社山藤が誕生した。藤正氏は水産加工場や冷凍庫を新設し、さらに活魚水槽を新設して、本格的に魚介類の販売を始めた。自らを「叫ぶ!熱血ひげ店長」と呼び、その後もインターネット販売、県と連携して新作干物づくりなど、どんどん活動を広げていった。中国・香港への輸出も開始するなど、その力は国内だけにとどまらなかった。
そんな熱くて人望があり行動力を備え持つ藤正氏が急逝し、急遽、久美さんが社長を引き継ぐことに。藤正氏の仕事をかたわらで見続けてきた久美さん。今でも百貨店や量販店、通販サイトなどさまざまなところに販売網・情報網を張り巡らし、きめ細やかな対応で、藤正氏が残した山藤を守り続けている。

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